「なんでこんな写真が流れたのか? それが一番の問題でしょう?」
まるで探偵気取り。
「たぶん、ターゲットは美鶴じゃなくて、山脇くんなのよ」
大きく頷くツバサ。
「きっと、背後には廿楽先輩がいるんだと思う」
「廿楽、先輩?」
瑠駆真に恋をし、美鶴に嫉妬した上級生。こっぴどく振られ、自殺未遂を起こし、その後は自宅で療養中。
「たぶん、腹いせね」
「腹いせ?」
「そう、山脇くんにフられた腹いせ。可愛さ余って憎さ100倍って奴? たぶん廿楽先輩は、なんとかして自分をフッた山脇くんに仕返ししたかったのよ」
そこでね、とツバサは乗り出す。
「そこで小童谷先輩を取り込んだワケ」
「取り込む?」
「そう。小童谷先輩は廿楽先輩と親戚同士でしょう?」
「え? そうなんだ」
「知らなかったの?」
「知らない」
「えっ 当たり前なのに。まぁいいや。でね、親戚同士だから、きっと話も合ったのよ。なにより小童谷先輩と山脇くんって、今までにも廊下とかで剣呑な会話を交わしてる事があったみたいだし」
ツバサも遭遇した事がある。
「小童谷先輩と山脇くんがなんで仲悪いのかは知らないけど、山脇くんに良くない感情を持っている者同士で手を組んだんじゃないか? ってのが、有力な噂なの」
飽く間で噂だけどね、と付け足すツバサの言葉をぼんやりと聞く。
まぁ、見当ハズレではないだろう。
小童谷は、瑠駆真に見せ付けるようにキスをした。ターゲットは瑠駆真だろう。二人は以前から対立していたようだから、原因は廿楽華恩だという単純なものではないのだろうけれど。
「あんな写真を流したからって、廿楽先輩になにか得があるワケではないだろうけど、周囲の好奇に晒されて慌てふためく二人の姿を見て、気晴らししたかったんじゃない?」
冗談じゃない。こちらは顔も知らない生徒の気晴らしに利用されたのか?
そうだ、美鶴は廿楽華恩という上級生の顔すら知らない。美鶴が自宅謹慎を解かれて再び登校した時には、すでに彼女は自宅に引っ込んでしまっていたのだから。
「冗談じゃない」
怒りを込めて呟く。
ツバサはため息。
「でもさ、この推測がもし本当だとしたならさ、そもそも廿楽先輩って、本当に山脇くんの事が好きだったのかなって、そこの辺りから疑問になるよ」
生徒会は、いまだに廿楽の恋心は否定している。前副会長が下級生に想いを寄せていたという事実は無い。事実無根。まったくのデタラメ。
山脇瑠駆真がなぜ副会長室で廿楽に罵声を浴びせたのか、それはわからない。内容は不明。だが、彼の行動が廿楽華恩を自殺に追い込んだのは確か。
なんとも都合の良い態度。
前副会長の動向だけに生徒会としては無視はできない。だが、できるだけ関わりたくもない。
そんな心情が滲み出ている。
生徒たちも口には出さぬが、そう理解している。だから、廿楽華恩が山脇瑠駆真に恋をしていたのは公然の秘密。
「山脇くんと美鶴の写真を利用しちゃうなんてさ、本当に好きだったら絶対にやらないよね」
そこでツバサは瞳を閉じる。そうしてポツリと、呟くように言った。
「なんかさ、ちょっと厄介な子と関わり持っちゃったよね」
少しは哀れんでくれているのか、開いた瞳の目尻を下げる。
「こんな事は言いたくないし、山脇くんが悪い子だとは思わないけど、こうなってくると、正直困るね」
そこで立てていた腕を下ろす。そうしてやおら美鶴と向かい合った。
「だからさ、美鶴はやっぱりちゃんと自分の気持ちを山脇くんに伝えるべきだよって、そう言うつもりでここに来たんだ。山脇くんと、金本くんにもね」
そうしてチョコンと首を傾げて笑う。
「でも、必要なかったみたいだね」
それが言いたかったのか。ずいぶんと長い前置きだったな。
嫌味を言いたいのを抑え、美鶴はただ無言でため息をつく。
「金本くんたち、納得してくれた?」
「納得してたように見えたか?」
ツバサは背後の出入り口を振り返り、聡や瑠駆真が去っていった方角を見て苦笑した。
「見えなかった」
「往生際の悪い奴らだよな」
うんざりとした口調で、鞄に本を仕舞う美鶴。
「仕方ないよ。だって二人とも、本当に美鶴の事が好きみたいだし」
そこで一拍置く。
「でも、美鶴も本気で好きなんだよね?」
肯定も否定もせずに立ち上がる美鶴を見上げる。
「これで良かったと思うよ。金本くんも山脇くんも、同情されたって結局は辛いだけだと思うから」
別に同情してたから胸の内を明かさなかったワケではない。ただ、自分が臆病だっただけ。
だが美鶴は反論はせず、黙って鍵をポケットから出した。その仕草を理解したのか、ツバサも立ち上がる。
「今日はお早いお帰りなんですね」
「とても教科書と向い合う気分じゃない」
「心中、お察しいたします」
駅舎の外に出ると、北風が二人の首元を叩いた。
「うぅ さむっ」
ツバサは首を縮こまらせる。
「また雪降るかな?」
「どうだろう?」
「今年の冬は寒いってね」
「そうなんだ」
素っ気ない返事に、ツバサは空を見上げる。
「予報では、クリスマス頃にも寒波が来るってよ」
「へぇ」
「ホワイトクリスマスだね」
「別にホワイトである必要はないだろう?」
鍵を回し、首に赤いマフラーをグルグルと巻いて、襟元を抑える。中学時代から着ている母のお下がり。ヨレヨレのコート。学校指定のコートもあるが、高くてとても手が出ない。だが、下に来ている制服は上質の仕上げだ。
霞流の援助で仕立ててもらった。
「私はキリスト教徒じゃないから関係ない」
憮然と付け足す美鶴に、ツバサはふふっと笑う。
「でも、クリスマスってだけでなんだか華やかな気持ちになる。楽しくなるよ。唐草ハウスでもクリスマス会の準備しててね、でも大変なんだ。劇をやるんだけど、毎年配役で必ず揉めるの」
よかったら観に来ない? との誘いをキッパリと断る美鶴。
「何で? 用事でもある?」
一瞬言葉に詰まり、なんとか自然を装ってみる。
「賑やかなのは嫌いだ」
「言うと思った」
一瞬見せた美鶴の不可解な表情に、ツバサは気付いてはいなかったのだろうか? 相手の態度に疑問も持たず、うーんと大きく伸びをした。
霞流だって?
鞄を肩に乗せ、不愉快面で通りを歩く。長身で仏頂面、浅黒い小顔で瞳を吊り上げていれば、気の弱い人間なら避けたくもなる。普通の人間だって、できるなら関わりあいたくはないだろう。今の聡には、むしろそちらの方がありがたい。
今は誰とも話したくはない。
「私、好きな人がいるんだ」
その相手が瑠駆真では無かったという事実には、正直ホッとしている。あの場所で二人で並んで交際宣言でもされていたら、正直聡は我を見失っていたに違いない。自分を抑えろなんて、そんな言葉も耳には入らなかっただろう。
だが、状況は決して良いとは言えない。なにより、フられた事に違いはない。
霞流か。やっぱり、夏の京都で何かあったのだろうか?
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